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How do you like 18トリソミー?

妊娠8ヶ月で18トリソミーと診断されました。同じ境遇の人、18トリソミーを知らない人、との交流の場に。そんなブログです。

壮絶、悲劇を綴るにあたり

絶対にしてはいけない体験、
2度と同じ思いはしたくない体験をした私たち、
ただ、Jrがいたという事実は、
そんな言葉だけでは綴る事はできません。
壮絶、悲劇、の中にも、
奇跡だったり笑顔はありました。
「それら」を知っていただく事で、
読んでいただいた方が
例えば、

喧嘩してた夫に朝おはようと言えたり・・・

ぎこちなかった恋人と仲良くできたり・・・

大変な子育ての日々に喜びを感じたり・・・

病、障害、辛い過去を背負っていても
今生きている事の「凄さ」「大切さ」に気づいたりと、

あたりまえの時間に「そんな気分」になれたら・・・

また、同じ境遇の方の1つの指標になれたら・・・
(誰にも同じ事は起こって欲しくないですが)

Jrはちょっと照れ笑いして、
でもテンションはグッと上がって、
母譲りのヘッドスピンが
今日の練習でもうまくキマルと思います。


ここからがこのブログで一番伝えたい事です。


ベルメール夫妻より
DSCN3675.jpg
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  1. 2012/06/14(木) 22:19:53|
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20120606 トシ

午後14時にS県I市J病院にて入院受付を済ませる。
個室に入院。
看護師が今後の入院診療計画の説明にくる。
入院診療計画は、
本日、子宮口を広げる処置を夕方行い、
翌日、朝夕も同様の処置を行い、7~8cmの開口を目指す
翌々日、朝分娩室にて促進剤投与、
分娩後、麻酔を実施し子宮内容除去術、夕方より子宮収縮剤を内服、
後2日間そのまま入院にて安静
というものでした。

私としては、
まず4月に検査入院した際、点滴の注射をした新米先生(医師)?が
とても下手くそだった事、なかなか針が入らず、
3人も変わったあげく妻の腕に大きな傷を残した事、
正直看護師の方が上手と貴女だってわかっているはずだから、
新米先生には絶対注射はさせるな!とお願い、
看護師さん曰く、4月は大学病院特有の新人研修があり、
やはり新米先生が行なったようである、
新米には触らせないと約束していただく。
そして、自分も退院まで付き添わせていただく旨を伝える。
断られても、シカトして居座るつもりだったが、
簡易ベット1日250円で貸していただく。
今から起こる事はとても壮絶な事である、
産婦人科病棟であっても全て付き添い了承も当然か、
と思い直す。
せめて妻の大切な時間、ワンピース放映の時間には
処置が終わりベットの上で休ませたい旨も伝え、了解を得る。

16:30~
家でシャワーを浴びてきたため、
処置前のシャワーはなし。 
診察室にてラミナリア挿入、
妻は車椅子で病室に戻ってくる。
とても痛そうだが、妻は本当に我慢強い。
ワンピースも無事見終わり、
わざととしか思えない病院の不味い夕食を食べる。
痛みはだんだん大きくなっているようであるが、
妻は弱音を絶対に吐かない。
21:30~
消灯だが、眠れるわけもなく、
病室の天井やスマホの画面を見ながら2人で話す。
せめて妻の寝息が聞こえてから寝ようと思っていたのだが、
不覚にも私が先に寝てしまった。
情けない。      

  1. 2012/06/14(木) 22:22:12|
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20120607AM~ トシ 

5:00~
妻の呼吸が荒くなっている事に気づき目が覚める。
「いつから」と問うと「今さっき」との事。
人工的に子宮口を広げている妻は昨日より痛み止めの薬の使用が可能であったが、
妻は薬を使用していなかった。
「先生呼んで薬の相談する?」と聞くも「今はいらない」と、本当に我慢強い。
自分は腰を擦ってあげる事しかできない。
7:00過ぎ~
看護師が来たため症状を相談。
呼ばれた当直の先生より、
もう少ししたら処置(ラミナリア入れ替え)をするため、
痛み止めはその時使用しましょうとの話をされる。
昨日はいつでもいいと言っていたのに話が違う。
8:00過ぎ~
痛みが約5分の間隔をおいて襲っている。
看護師を呼び「陣痛では?」と問う。
とりあえず診察をとの事で、妻は車椅子で診察室へ。


予定されていた診療計画とはあきらかに様子が違う・・・


少しすると担当の先生がくる。
「子宮口が2~3cm開いていて、陣痛もきてますので、
このまま陣痛室で頑張ってもらい、分娩に入ります。
ご主人付き添いをお願いします」と言われる。
急展開ではあったが動揺はなかった。
9:00過ぎ~
携帯、ipod、ポカリスエット、ワンピースのタオル、財布、
必要な物を全部もって陣痛室へ。
陣痛?が始まった時間から考えると、
「夕方」くらいかなと少し思う。
自分は腰をさすってあげること、
過呼吸防止のため、吐く事を意識した呼吸を一緒にやってあげる事しかできない。
10:00過ぎ~
痛みは酷くなる。痛みが襲う間隔も狭くなる。
看護師が時々様子を見にくる。破水等の様子は無いとの事。
11:00~
時間を妻に伝える。
ひたすら腰をさすり、一緒に呼吸する。
ただただ、妻を痛みから解放してあげてくれと懇願するしかできない。
ずっと「負けちゃいかんよ」
と言っていた気がする。
それは妻だけでなく、自分にも言っていたと思う。
これから起きる事に「負けちゃいかんよ」と。
時々看護師はくるものの、特に次への動きはない。

12:00~
陣痛室からは悲鳴しか聞こえなくなっていた。
看護師が1人付く。
もっと看護師を呼んだ方がいいのかなと思った瞬間、

破水、

赤ちゃんが出そう、

緊急ベルが鳴り響く、

先生、看護師、10人くらいが駆けつける、

妻の悲鳴、もう妻は歩いて分娩室に行ける状態ではない、

「ご主人いますから、大丈夫ですよ!」先生が叫ぶ、

妻の悲鳴、分娩台に運ばれる、

「ご主人もどうぞ!」先生に呼ばれる。

妻の手を握る、

赤ちゃんでましたよ!、

胎盤もきれいにでましたよ!、

エコーで確認しますね、

除去術は必要ないと思います、


涙が出てきた。
それはJrと妻が起こした奇跡に気づいたから・・・。

心臓が止まっているJr、
でも促進剤を使わず陣痛を起こし、
お母さんと一緒に頑張って、
短時間で出てきてくれた、
子宮の胎盤等を全部もって・・・

「Jrが全部もって出てきてくれたね、
お母さんの事守るために、
早く出てきてくれたんだね」

分娩室で2人で泣いた。

12:07 子宮内胎児死亡と診断される。

  1. 2012/06/17(日) 23:09:08|
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きっと

きっと、少しづつ時間が流れているんだろうけど、
私の心はまだ止まったままで、
あの日から今日までにいろんな事が頭の中をぐるぐる回ってるけど
心の中は、あなたのことでいつもいっぱい。
いつか、この辛い出来事を、同じように苦しむ人がいたとしたら
少しでも力になれるように、しっかり伝えていきたいと思ってる。
でも今はただ止まったままのあの日の事をほんの少しだけ書いておきたい。

あなたの体がお空に行ってしまってから1週間、
早いのか、おそいのかもわからない。
私の心は空っぽになってしまった。
ウソだとしか思えない。
だけどもう、お腹もふくらんでない。妊娠の症状も全て消えて
おっぱいを止める薬まで出た。
お母さんになれなかったんだね、私。
ごめんね。本当にごめんね。
あなたを一人で死なせてしまった。
あなたがお腹から出てきて、初めて会えた時、
どれほど大切なものを失ってしまったかわかったよ。
何もしてあげられなくて、本当に悔しかった。悲しかった。
小さい箱に入ったあなたと、長く一緒にもいられない。
あなたの体を冷やさないといけないから。
夜だって一緒に眠る事もできない。
廊下から他の赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる。
だけど、私はあなたを一人ぼっちで冷蔵室にいさせなきゃならない
あなたを一人ぼっちにした私を許さないでほしい。
だけど、愛しくて愛しくてしかたなくて、
ずっと 抱っこしたい抱っこしたい抱っこしたいって
心の中で叫んでた。
悲しい夜だった。
あなたに会えた4日間のうち一緒にいられたのは本当に短い時間
だったけど、何よりも深くて大切な時間だった。
その時間が今、私の中で強く流れている。

あなたは私にこんなにも大きな愛を教えてくれた。
私が感じているあなたへの想いが
きっと今まで知らなかった 母親 という気持ちなのかな?
心は、あなたのママになれたのかな?
あなたを守れなかったけど、あなたの事が大好きなんだ
守れなかったけど、だけどずっとずっと守り続けたい。
私が生きている限りあなたのママでいられるのなら
生きて生きて、ずっとあなたを想い、愛し続けて生きていくよ。
だからいつか、あなたの所へ行けますように。
あなたをたくさんたくさん抱っこできますように。

20120618 み
  1. 2012/06/18(月) 23:39:33|
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20120607PM~ トシ

15:00~
本当ならば、ずっと妻のそばにいたいし、いなくてはいけないのであるが、
死産の場合
死亡診断書を市役所に届けなくてはならなくて・・・
火葬の予約もする必要があって・・・
とりあえず早めに手続きを進める事で、
自分達が「納得いく時間」をこれから過ごせるように、
妻を病室で寝かせ、病院から車で40分かかる、沼津市役所に向かう。

~自分の子の死亡診断書を届出する~

という事程、悲しい事はない、
と思いながら運転してたと思います。

15:40~
市役所につくと信じられない一言を言われた。
「書類が間違っているので、病院へ戻って訂正してきて下さい。」
書類が間違っている事にも驚いたが、
一番驚いたのは、死亡診断書を提出している自分に対しての、
心無い対応であった。

すごく頭きた。
「なんだその対応は」怒号を響かせる。

~ここにいる奴、殺せるだけ殺してJrのところへ送ろう~

自分の狂気に気づき、市役所職員が真っ青になる、逃げる。
周りの視線にふと我に戻る。そんな事してもJrは喜ばない。

病院に戻る。
病院につくと書類を書いた看護師と婦長が
すごくあやまってきた。

もうどうでもいいよ。

17:00~
市役所に再び到着。
この時点で妻の退院の日が9日と決定していたので、
10日の日曜日11:00に斎場を予約する。
沼津市民の場合、火葬料は無料である。
市民税払っているんだから当然かと思う。
死胎火葬許可証を発行してもらう。

18:00~
シャワーをあびるため一度家に帰る。
親に火葬の日を電話する。
「お寺さんはどうする?」親父に言われる。
「自分達なりの供養をするからいい」と言う。
「お経もあげないのか、そういうわけにはいかないだろ」親父に言われる。
「いずれにしても、津波がきたらすぐ流されるお墓に今はいれるつもりは無い」と言う。

自分も親も初めての事である。
どうするべきかなんて誰も教えてくれない。
ただ絶対調べなくてはいけない事があって、
それは退院してからの1日、Jrの保管方法である。
大抵死産した場合、病院を退院したら、
そのまま斎場へ行き火葬というのがほとんどみたいだが、
自分達はどうしても家で一日一緒に過ごしたかった。

19:00~
親が以前お世話になった平安葬祭に相談に行く。
葬祭に着くまで、
診断書の間違えの件、市役所の対応のせいで、自分は沈んでいた。
どうせ平安葬祭も葬儀をやらない、金にならないとわかれば、
適当な対応しかしないんだろう・・・くらいにしか思っていなかった。

平安葬祭の人は違った。
自分の気持ちをわかってくれていた。
お葬式をやらなくてはいけない、お墓にいれなくてはいけない
という法律はない。大切なのはお気持ちです。
お経だけあげるにしても、火葬前にあげなくてはいけないとか、
火葬後にあげなくてはいけないとかも無い。
ただ、いずれお墓に入る(お世話になる?)のであれば、
檀家としてお寺さんに筋を通す必要があるのではと言われた。
そのとおりだと納得できた。
また、自分で火葬の予約までした事を褒めて(表現がおかしいが)くれた。

まだ36週のJr、お腹の中で死んで1週間程たっているJr、
送り人としても何もする事はできないようだ。
自分も考えていた、ドライアイスで冷やしてあげる事しかできないと
教えてくれた。ドライアイスもくれた。
ただドライアイスは気化してしまうので、また別で(平安葬祭で買うと高いため)
買って下さいと言ってくれた。

この時、平安葬祭の人にいろんな意味で、自分は救われました。
そして自分のまわりには、一緒に悲しんでくれる、家族、仲間が沢山いるから、
その反面、市役所職員や看護師のような愚か者はいてもしょうがないな、
と気づく事ができました。

  1. 2012/06/24(日) 11:46:40|
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20120607 Jrとの対面 トシ

14:30~

妻と病室へ戻ってきてから

Jrと初めて対面した。

Jr・・・

1060g 35.5cm。

Jrは、病院で用意してくれた、白い帽子をかぶり、白い服を着ていた。

とても可愛かった。

体はとても綺麗だった。

奇形などどこにも無かった。

手足が長かったのが印象的だった。

手足の長さは、お父さん譲りだね、妻に言われてとても嬉しかった。

抱っこした。

Jrは壊れてしまいそうだった。

心臓が止まってから、時間が経ってしまっている。

抱っこできるのは、今日が最後かもしれない。

2人とも思った。

大事に大事に、抱っこした。

我が息子は、宇宙一可愛かった。

結局、僕は親バカでした。

21:30~

消灯であったが、看護師にJrに会わせて欲しいと頼む。

もちろん快く応じてくれた。

2回目の対面。

Jrは病院で用意してくれた青い箱に入っていた。

冷蔵庫入っていた箱はとても冷たかった。

2回目のこの時、

Jrは既に抱っこできる状態ではなかった。

病室をできる限りエアコンで冷やし、

Jrの寝顔を2人でずっと見ていた。

人生で一番辛い日が終わった。



  1. 2012/06/24(日) 22:59:51|
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20120608 トシ

朝がきました。
どんな事が起ころうとも、
時間というのは
止まる事なく流れるんだと
改めて思いました。

廊下からは時々、
赤ちゃんの泣き声が聞こえてきました。
「Jrが泣いている」
と何度も錯覚してしまいました。
入院中、妻と聞こえた泣き声についての話はしませんでした。

妻を1人にはさせたくなかったのですが、
明日1日だけJrが家にきます。
親として、
できる限りの事をしてJrを迎えたいと思い帰宅しました。

3人で過ごす部屋を掃除しました。

Jrを乗せる愛車を洗車しました。

みいさんにドライアイスを買っといて欲しいと頼みました。
ただ、今思えば、甥を冷やすために
ドライアイスを買ってくれた、みいさんの気持ち、
頼んだ身ですが、とても辛い事を頼んでしまったと思いました。
ドライアイスはいくら冷やしても気化して無くなってしまいます。
近所で売っているところを調べ
何度も買いに行ってくれたみいさん、本当に感謝しています。

12:00に帰宅し、
14:00には病院に行こうと、
部屋を出ようとした時、
嫌な予感がしました。
この日はとても蒸し暑く、汗ばんでいました。

エアコンの試運転をしておこう・・・

エアコンのスイッチを入れてみたところ、
冷たい風が全く出ません。壊れていました。
そこで頼らせていただいたのが、
先日ブログでも書かせていただいた
邦さんでした。
邦さんははじめ理由も聞かず、
時期はずれなエアコンの修理依頼に対し
やっていた他の仕事もきりあげて来てくれました。
淡々と作業をしてくれていましたが、
症状はすごく厄介な感じで、
正直新しいのに変えた方が早い事は素人の僕でもわかりました。
新しく変えるにしても今日は間に合わない、
正直僕はあきらめてました。
ただ、Jrと明日1日過ごすため・・・
という修理依頼の理由を話すと

絶対直してやる

と、
18:00
本当に、技術と「気持ち」で直してくれました。
本当に嬉しかったです。

19:00
病院に戻ると妻の夕飯は終わっていました。
出産後、
退院前日の夕食はとても豪華とよく話をききますが、
この夜も今までと変わらない病院食がでたそうです。
確かに、お祝いという気分にはなれませんが、
分娩をしたという事に関しては、
他のお母さん方と変わらないと思います。
少しくらいご褒美があってもいいのにと思いました。

20:30
親と電話しました。
お世話になっているお寺さんで、火葬した後、
お経をあげていただける事になったよという内容でした。
納骨はせず、
私たちなりの「供養」と「生き方」を
尊重してくれるという話でした。
私たちの想い(わがまま)と先人達が培ってきたものを
うまくつなげてくれた自分の親に、
心から感謝します。

21:30
この夜も消灯後、Jrに会いました。

  1. 2012/06/30(土) 22:30:55|
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20120609 トシ

退院の日です。

朝から雨が降り、
昨日より気温はグッと下がっていました。
それはまるで、
「天がJrの体を冷やしてくれている」
かのようでした。

7:30
朝食の時間です。
最後まで味気ない病院食かと思っていましたが、

「病院が母さんに何もしてくれないなら、僕がするまでさ」
DSCN3638.jpg
Jrからの粋な計らいを受け取りました。

10:30
みいさんがドライアイスをもって
病室に来てくれました。

病室でJrの箱にドライアイスを入れました。

自分は一足先に、車を地下の霊安室前に廻しました。

専用のエレベーターから妻とJr、
みいさんと数人の看護師さんが出てきました。
妻とJrを愛車の後部座席に乗せ、
病院をでました。

車内で妻は
Jrの入った箱を抱きしめて
ずっと泣いていました。

自分は涙をこらえて、
あれが山だよ、あれが海だよ、あれが川だよ、
とJrに教えながら運転しました。

途中、自分の実家によりました。
Jrと2人で自分の部屋に行き、
男だけの会話をしました。

12:00
家につきました。
家の玄関前は
自分の親が花を植えかえしてくれていて
とても綺麗でした。

2人の部屋にJrを寝かしました。

3人で昼食を食べました。

自分は写真を印刷しはじめました。
ベルメールさんとの写真、
2人が旅した写真、
自分の親が日本中で撮ってきた花の写真、
みいさんがアフリカで撮ってきた景色の写真、
Jrが見えるように
箱の内側に貼っていきました。
「Jr世界中の写真だよ、これだけの景色を見れる人、なかなかいないよ」
コンパクトフラッシュ 021
コンパクトフラッシュ 016
コンパクトフラッシュ 001
コンパクトフラッシュ 002

箱には写真の他にも、
服や絵や手紙、
想いを込めたものを入れ、
綺麗に飾りつけしました。

親やお義姉さん妹がきました。
部屋に人が集まった時エアコンをつけました。
Jrを紹介しました。
みんな涙を流しながら、
悲しい気持ち、悔しい気持ち、辛い気持ち、
優しい気持ちの詰まった、

「よく頑張ったね!」

という声をJrにをかけてくれました。

みんなが帰える時、
自分とベルメールさんは言いました。

「ちゃんと手を洗って下さいね」

普通は赤ちゃんを触る前に手を洗ってもらうものですが、
Jrの場合は後に洗ってもらいました。
この言葉の辛さを知る人は少ないと思います。

この辛さは誰にも知って欲しくないですし、
二度と感じたくないです。

  1. 2012/07/01(日) 23:18:24|
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20120609 最期の夜 トシ

最期の夜です。

ベルメールさんがJrに御守りをつくってくれました。

Jrの可愛い手に

お母さんの御守りをかけました。

母の御守り

日付が変わるころ

Jrの箱に最後のドライアイスを入れました。

Jrはところどころ凍っていましたが、

この時も抱っこできる状態ではありませんでした。

川の字になって3人で寝ました。

一晩だけでしたが、

「自分の夢」は叶いました。

家族の手


  1. 2012/07/03(火) 21:40:37|
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20120610 トシ

20120610
朝がきました。

妻が
「抱っこしたいよ」
と泣きながら言いました。
抱っこは2人ともあきらめていたのですが
Jrに触ると、
体の全てが一晩の冷気で固くなっていました。
それはまるで

『お母さんに抱っこしてもらうため』

のようでした。
出発の時間までずっと、Jrを抱っこする事ができました。

斎場に向かいました。
ドライアイスを相談した日、平安葬祭の人に
36週まで生きたJrですが、
18トリソミーという事もあり、体は小さいため、
「大人用の炉では骨が残らないかもしれない」
と言われました。
ですが

『お母さんに育ててもらったこの体、伊達じゃないぞ』

と、
Jrはしっかり「証」を残してくれました。

斎場からの帰り、
実家に向かう途中、
信号待ちをしていると、
白い蝶が、ずっと車の周りを
舞っていました。

『あっ、Jrだ(^^)』

2人とも
すぐわかりました。

お寺さんでは、
お葬式という形でありませんでしたが、
お経をあげていただきました。
住職は私たちの事を自分の事のように思ってくださり、
泣いてくれました。
そして

『気の済むまで一緒にいてあげなさい』

と言ってくれました。
自分はこれが本当の
「送るべき姿」だと思いました。


あまりの悲しみの大きさに潰されそうになっていましたが、
Jrがくれた

『奇跡』

に、
支えられた1日でした。



ちなみに・・・
この日から
ベルメールさんは、
毎日、
家の周りで踊っている
『白い蝶』を
見ているそうです(^^)。。
  1. 2012/07/04(水) 22:04:46|
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Author:ベル夫
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